先輩のメガネが怪しく光る。

ああ、先輩の悪い癖が始まった。

やるといったらどこまでも徹底的にやるという。

「さあ、アルクェイドのためにも。完璧なコンビネーションを作り出しましょうっ!」

あさっての方向を指差すシエル先輩。

「お、おー」
 

俺は力なく腕を上げるのであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その31








「というわけでこれが台本です」
「げ」

いきなり先輩はやたらと分厚い台本を手渡してくれる。

「こ、これ読まなきゃ駄目?」
「駄目ですね」

にこりと笑顔で言い切る先輩。

「さ、さいですか……」

とりあえずページを開いてみた。

「お?」

台本はイラスト入りのわかりやすいものだった。

これなら分厚くてもすぐ読んでいけるかもしれない。
 

「えーと」

まずBGMを鳴らす。

それから俺と先輩で同じ動きをしながらみんなの前に登場。

二人で一定の距離を取り、俺がりんごを投げて先輩が黒鍵で突き刺す、と。

「……」

なんかどっかで見た事あるような。

「先輩。ちなみにこのBGMってどんなの?」
「えーと……これです」

先輩はCDを取り出しそれをラジカセに入れた。

ちゃーちゃちゃちゃちゃちゃー、ちゃーちゃっちゃちゃっちゃー。

派手に鳴りだすファンファーレ。

「……これは」

ずんずんずんずんずーんずんずん、ずーんずんずんずーんずーん。

知っている人なら誰でも知ってる曲である。

「ヒゲをつけたタキシードの二人組がやってる……あの」
「ええ。そうです。ヒゲダンスですね」

ヒゲダンスというのは伝説のお笑い番組でやっていたやつだ。

「まさか……あれを俺たちで?」

二人組が無謀とも言えるような難しい曲芸をおどけてやってのける。

時々失敗もするが、それがまた観客に大ウケなのだ。

「ええ。わたしたちはメガネコンビとしてあれをやるんです」

シエル先輩の目は大マジだった。

「あ、アルクェイドの教育にあんまり関係ないんじゃないかな、これ」
「何を言っているんですか遠野君。笑いは世界を救うんです。アルクェイドに対してもそれは同じ事」
「い、いや、でも」
「いまさら見苦しいですよ遠野君。それとも、わたしは遠野君にアタックをしてもよいということなのですか?」
「わ、わかった、うん。やるよ」

そう言われると弱い。

「では、始めましょうか」

なんだか妙な感じだけど、先輩と共に練習する羽目になってしまった。
 
 
 
 
 

「違います遠野君っ! そこで右腕を35度にっ!」
「さ、さんじうごど?」
「この角度ですっ。こうっ!」

びしっと腕を構えるシエル先輩。

「こ、こうですか?」
「む……それでも2度ほど違うですがまあいいでしょう。ではもう一度いきますよ?」
「はーい……」

もう何度目のリテイクだろうか。

最初から最後まで通して成功したのは一度たりともなかった。

足を引っ張っているのはもちろん全部俺なんだけど、先輩の要求する水準も尋常ではなかった。

今みたいに腕の角度が12度ほど違うと怒られたりで。

「では、BGM……」

ぴんぽーん。

そこにインターホンの音が鳴り響く。

「た、助かった……」

誰だか知らないけどありがたい。

ちょっと休ませて貰おう。

「誰でしょう。こんな時に」
「新聞代未払いの回収とか」
「ちゃ、ちゃんと毎月支払ってますっ!」
「ほんとに?」
「……ガス代はまだですが」
「……」

なんだか先輩がとてもいたたまれなかった。

「と、とにかく行ってきますね?」
「あ、うん」

玄関へ向けて駆けていく先輩。

「なっ……アルクェイドっ?」
「なに?」

あいつ、どっかで遊んでるって言ってたのに。

慌てて俺も玄関へ。
 
 
 
 
 
 

「えへへ。どう? 似合うかな?」
「な……」

そこにいたアルクェイドを見て愕然とした。

ぱっと見はほとんど何も変わっていないように見える。

だが顔のパーツが決定的に違う。

「アルクェイド……その、メガネは」

そう。アルクェイドの顔にメガネというオプションが装着されていたのだ。

「ん。これでわたしもメガネっ娘ってね。仲間に入れてよ」
「……」

どうやらアルクェイドはメガネコンビに入れて欲しいがためにメガネを買ってきたらしい。

「おまえ、来ちゃ駄目だって言ったじゃないか」

まあ心配するような事は結局何もなかったんだけど。

それでも一応けじめなので叱っておく。

「だ、だって……」

アルクェイドはしゅんとしている。

「まあいいでしょう遠野君。アルクェイドにもどうやら向上心が芽生えたようですし」
「そうよそうよ。向上心向上心」

コイツの場合向上心っていうか、ただ構って欲しかっただけだと思うんだけど。

「……まあ先輩がそう言うなら……」

と言って気がついた。

「なんか立場が逆転してるな」

前は先輩があれこれ言うのを俺が説得して「まあ遠野君がそう言うなら……」というの事が多かったのに。

「あはは。なんだか変な感じですね」
「だなぁ」

二人揃って笑ってしまった。

「む? 何がおかしいのよ。ねえ」
「いや、なんでもないよ。じゃあ先輩。俺はちょっと休憩するからアルクェイドをパートナーにしてみたら?」
「……アルクェイドをですか」
「うん。こいつ、記憶に関しては天才だからさ」
「そうですね。ではアルクェイド。台本を渡しますからちょっとやってみましょうか」
「ええ。任せておいてよ」

そんなわけでアルクェイド&シエル先輩の異色メガネコンビの結成である。
 
 
 
 

ずんずんずんずんずーんずんずん、ずーんずんずんずーんずーん。

「おお……」

さすがはアルクェイドとシエル先輩、その動きは完璧である。

的確な位置にりんごを投げ、的確に黒鍵を突き刺す。

全く同じ速度でバケツを回転させ、絶妙のタイミングで頭に落下させる。

完璧すぎて笑えるはずの部分が笑えないくらいだ。

「しかし……」

先輩とアルクェイドがスキップするたびに胸が揺れるのはどうも。

擬音で言うならぷるんぷるんたゆんたゆんである。

「どうですか? 遠野君」

先輩が尋ねてくる。

「秋葉はゴキゲンナナメかもな」

俺はついそんなことを言ってしまった。

「秋葉さんが? 何故です?」
「胸が揺れるから」
「ど……どこ見てるんですか。遠野君のエッチ」

胸を押さえて顔を赤らめる先輩。

「あら、志貴ってばかなりえっちなのよ? なんせ……」
「だあっ! アルクェイド変な事を言うんじゃないっ!」

こいつはそういうことでもごく平然と話し出すから困る。

今日はどんな体位にしよっか? とか。

そのくせ下着のことを聞くと恥ずかしがったりで、まったく訳のわからない奴である。

「ほほう、それはとても興味を惹かれる話題ですねえ」
「う……」

またも先輩のメガネがきらりと光っていた。

「アルクェイド。今度その辺についてじっくり教えてくださいね?」
「うん。いいわよ」
「いいわよじゃないっ!よくないっ! 絶対話すなよっ」
「えー」
「えー」
「せ、先輩真似しないでくださいよ……」

くそう、この二人隔たりがなくなってタチが悪くなった気がする。

「いいじゃないのよそれくらい。わたしたち友達なんだから。ね? シエル」
「え……」

笑顔でそんな事を言うアルクェイドに先輩は呆気に取られたようだった。

しかし先輩もすぐに笑顔で。

「はい。そうですね。友達ですから」

そう返すのであった。

「はは……」

そんなやり取りを見ていると、やっぱり良かったなあと思う。

けど。

「友達でもそっち関係の話すのは禁止。俺の人格が疑われる」

そこらへんははっきりしておかなきゃな。うん。

「……そ、そんなに凄いんですか?」

シエル先輩は目を丸くしていた。

「う」

いかん、墓穴を掘ってしまったようだ。

「そうよ、だってわたしをひっくり返して……」
「だあ、だから駄目だって言ってるだろーがっ!」
「ふふっ……あはははは」
 

そうして俺たちは微妙にアダルトな話題で盛り上がるのであった。
 

続く



感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。
名前【HN】

メールアドレス

更新希望ジャンル
屋根裏部屋の姫君  美汐ちゃんのアルバイト   短編    ほのぼのSS   シリアスSS
その他更新希望など(なんでもOK)

感想対象SS【SS名を記入してください】

感想、ご意見【良い所でも悪い所でもOKです】



続きを読む

戻る