「あははははははっ! あーもう、止まらない……」

ぐらぁっ……

そしてバランスの崩れたお盆は、ナナメに傾いて。

ばしゃーん。
 

お約束どおりアルクェイドと先輩の頭に水が被さるのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その34






「あはは……やられちゃったわ」

濡れた髪を掻き揚げるアルクェイド。

水の量は大した事ないので服が透けたりする事はなかった。

いや、期待していたわけじゃないぞ。断じて。

「今のは素晴らしいですね……ネタに詰まったら今のやつでどうでしょうか」
「……なんかもうやりたくないんだけど」

あれだけ笑われるとちょっと落ち込んでしまう。

「そんな。もっとやってくださいよ遠野君」

メガネについた雫を紙で拭うシエル先輩。

「他の妨害にしておくよ」

俺は苦笑しながらそう答えた。

「それからアルクェイド。おまえもメガネ拭いとけ。そのままじゃよく見えないだろ」

アルクェイドのメガネにも雫がぽつぽつと付いているようだった。

「あ。ほんとだ。……不便ね、メガネって」
「そうは言っても無きゃもっと不便だからな」

俺は視力以外の問題でメガネをつけているわけだが、無いととてもじゃないと生活できない。

視力の悪い人もメガネがなきゃ大変な一日になってしまうことだろう。

「そういえば先輩ってなんでメガネしてるの?」

ふと気になって尋ねてみた。

法衣服の時はメガネかけてないから、視力は悪くないと思うんだけど。

「ああ。変装用です。これで軽い暗示をかければ効果は絶大なんですよ」
「ふーん……」

そういえば以前にアルクェイドの暗示でメガネをかけたアルクェイドが別人に見えた事があった。

先輩のメガネもそういう効果があるってことか。

「なるほどなあ」

メガネひとつで全てが変わるか。

まるでマンガの世界のようだ。

「ただまあ、かけてないとやはり落ち着きませんね。わたしにとってメガネは日常の象徴みたいなもんでして」
「かもね」

逆に裸眼のシエル先輩は戦闘モードというイメージである。

「あのう、芸はもうおしまいなんでしょうか?」

ななこさんが遠慮しがちに尋ねてきた。

「あ、えーと。どうしましょうか」
「なんか区切れちゃったからな……」

一度動きが途切れてしまうとそのまま続けるのは難しいものなのだ。

「じゃあ実際やるときはこれを最期に持ってきましょうよ。志貴が変な顔しておしまい」
「……やなオチだな、それ」
「いえ。最高傑作だと思います」

先輩は大真面目な顔をして言い切った。

「あの顔は……何度見ても爆笑するでしょうから」
「くそう、いじけるぞ俺」

俺は部屋の隅っこに座り込んだ。

「ああ、いじけないでくださいよ遠野君」
「そうよそうよ志貴。褒めてるんだからね」
「そんなこと褒められてもなあ……」

正直嬉しくもなんともなかったりする。

「でもまあ、邪魔するのはあんな感じでいい訳かな」

いじけてばかりでもしょうもないので俺は向き直った。

「そうですね。あれで問題ないと思います」
「わたしはもうあんなのには引っかからないわよ」
「アルクェイド。上」
「え?」

バカ正直に上を見るアルクェイド。

「ほら引っかかった」
「……むー」

どうやらアルクェイドはこれの応用編で全部大丈夫そうである。

「でも先輩は難しいかもな。カレーばっかじゃ引っかからないだろうし」
「当たり前です。何でわたしイコールカレーみたいな方程式が出来上がってるんですか」
「え? 違うの?」

アルクェイドが首をかしげている。

「違いますっ! わたしだってカレー以外のものを食べますよっ」
「カレーうどんでしょ? それからカレーピラフに……」
「そうそう、あのとろーっと溶けたルーがうどんに……って違いますっ!」
「あははっ、ナイスツッコミですよアルクェイドさん」

一応芸は終わっているのだが、普通のやり取りが既に漫才と化していた。

「ぬ……く……っ」

顔をしかめている先輩。

「いいね。それ。これも芸の一部として加えよっか」
「ちょ……遠野君っ?」
「ああ、いいわね。滅茶苦茶うけると思うわよ」

シエル先輩がカレー好きなことを知っている人のみ笑えるという非常に限定されたものではあるが。

身内ネタというのはわかっている人にはとことん笑えるネタなのである。

「そうそう。これも笑いを取るためだと思って」
「……わかりましたよ」

渋々ながら先輩は承諾してくれた。

「全体的にセブンのウケもよかったですしね。面白かったでしょう?」
「はい。マスターの慌てぶりといい間抜けな顔といい素晴らしかったですねー」
「……セブン」
「はっ! ついうっかり失言をっ!」
「……」

ななこさんって実はわざとやってるんじゃないだろうか。

「まあまあ、大目に見てあげないさいよシエル。大人気ないわ」
「ぬ……」

先輩をたしなめるアルクェイド。

なんだか珍しい構図である。

「えへへ。今のシエルに似てた?」

どうやら今のは先輩の真似っこだったらしい。

「それも面白いかもな。芸に入れるか」

いつの間にやら芸に何を追加するかというトークになってしまったようだ。

「いいわね。妹の真似とかもしよっか。『兄さんっ! お待ちなさい!』とか」
「あはは。似てる似てる」

しかし怒っているのが秋葉のイメージというのが実に悲しい。

「ふむ。ではわたしも何かやりましょうかね……」
「シエルは口調からすると翡翠とか琥珀だけどねー。普通すぎてつまらないわ」
「うーん……」

先輩が真似をして面白い人か。

有彦なんかやったら面白そうだけど、微妙すぎて誰だかわかんなくなる可能性もある。

「……?」

と、じっと俺を見ているアルクェイドに気が付いた。

「な、なんだよ」
「……メガネ」
「メガネがなんだ?」

アルクェイドはメガネマニアにでもなったのだろうか。

「そうよ。メガネよ。せっかくメガネっていう共通点があるんだから、志貴とシエルを反対にしない?」
「お、俺と先輩が?」
「どういうことです?」
「だから、志貴がシエルの制服着て、シエルが志貴の制服を着るのよ。面白いと思わない?」
「はは、何言ってるんだよアルクェイド。そんなバカなこと……」
「やりましょう! 是非っ! 是非にっ!」
「……うわあ」

先輩はこれでもかってくらいに目を輝かせていた。

どうしてこう女性陣は女装ネタとかそういうのが好きなんだろうか。

「それはいいですね〜。この前みたいに写真に取っておいて永久保存しましょうか〜」

ななこさんまでそんなことを言う始末である。

「冗談じゃない。そんなこと絶対に……」
「アルクェイド?」
「ええ。わかってるわ」

目配せしあう二人。

俺の第六感に危険を伝える信号が流れた。

この場は一刻も早く引くべきだ、と。

「じゃ、じゃあ俺はこの辺で」
「待ちなさい志貴っ」
「痛くしませんから。うふふふふ……」
「だーっ!」
 

人外の能力を持つ二人に太刀打ちが出来るわけもなく、俺はあっさり捕まってしまった。
 

続く


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