ほっぺたを突いてやる。
「あん」
アルクェイドは妙に艶っぽく悶えていた。
「遠野君。アルクェイド。人の家でいちゃつくのは止めてくれませんか……」
そして目の前でものすごく疲れたようなシエル先輩がため息をついているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その37
「あ、あはは。ごめん、ついさ」
俺はアルクェイドの腕を外して立ち上がった。
「じゃ、着替えてくるよ」
「ええ。着替え終わったら今日はもうおしまいにしましょう」
「いいの?」
「ええ。もうそろそろ帰らないとまずいでしょう?」
「ん……」
時計を見るとそろそろ夕食の時間である。
「ほんとだ。気づかなかったよ」
「ずいぶんと練習したわねー」
割と中身は薄かったような気もするが、それは言わないでおこう。
「まあ、まだまだ直すべき所はあります。本番まで一週間。それまで毎日わたしの家で練習することにしませんか?」
「そうね。構わないでしょ? 志貴」
「わたしたちの動きを見ていればいつ邪魔をすればいいかわかってくるでしょうし」
「うん。構わないよ別に」
アルクェイドが乗り気である限り、俺はなるだけ付き合うことにしているのだ。
しかもそれでさらに先輩と仲良くなってくれれば、嬉しいことであるし。
「決まりね。じゃあ明日から放課後にメガネトリオ集合ってことで」
「おう。じゃ、先輩。それじゃまた……」
「と、遠野君っ! 服っ! 服っ!」
「あ……そ、そうだった」
俺はまだトランクス一丁のままだったのだ。
「い、急いで着替えて……」
慌てて先輩の横を通り過ぎる。
「ぬおっ」
ところが慌てていたもんで、床に落ちていたカメラに足を引っ掛けてしまった。
「と、遠野君っ?」
先輩が俺の事を支えようと手を伸ばした。
が、その手は事もあろうか俺のトランクスを掴んでしまい。
「ちょ、ちょっとタンマ……っ!」
そんなことを言っても時間は止まってくれるわけがなくて。
びっったーん!
「……あは、あは、あははははは……」
下半身丸出し状態になった俺は、ただ笑うことしか出来ないのであった。
「……ひどい目にあった」
帰路の俺は憂鬱なんてもんじゃなかった。
穴があったら入りたい気分である。
「あはは。わたしは面白かったけど」
「喜ばれてもなあ……」
シエル先輩も「見てませんから! 見てませんからっ!」と力説していたけど顔が相当にやけていたし。
「いいじゃないの。減るもんじゃないんだし」
「じゃあおまえは全裸で街を歩けるんだな」
「男と女じゃ別よ。えっち」
「ぬぅ」
こういう時ばっかり女であることを主張するんだからなあ。
「あれもネタとしてやればうけるんじゃないかしら」
「却下」
「ちぇ」
アルクェイドは本当に残念そうだった。
「でも、志貴には期待してるわよ。すっごい邪魔してきてよね。じゃないと張り合いないから」
「はいはい……」
まあまだ時間はある。
色々と考えていこう。
「でも、妹なんかびっくりするんじゃないかしらね。わたしたちが仲良くしてたら」
「……そういえばそうだな」
秋葉は事の顛末を知らないわけだから、相当に驚くことだろう。
「驚きすぎて卒倒しちゃったりして」
「ははは。言えてるかも」
昔の不仲を笑い話に出来るのはいいことだと思う。
それはつまり今の仲の良さを示しているのだから。
「正直俺も驚いてる。こんなにあっさり仲良くなっちゃうなんてさ」
「だから前も言ったでしょ。わたしは別にシエルは嫌いじゃなかったって」
「だなあ」
「要するに志貴がわたしとの関係をはっきりさせなかったのがいけなかったってことでしょ」
「う……」
それを言われると痛い。
「妹にもいずれ言わなきゃいけないわよねー」
アルクェイドがさも簡単なことのように軽く言った。
「……それは俺も考えてるけど。そう次から次に解決しようなんて虫のいい事は考えてないよ」
俺にとってはそれはものすごく重要な問題なのである。
今となっては秋葉は俺の数少ない家族。
その家族に祝福されない関係なんて、辛すぎるからな。
「そうあせることもないわよね。時間はいくらでもあるんだし」
俺の気持ちを察してくれたのか、アルクェイドはそんなことを言ってくれた。
「ああ。今はとりあえず来週の学校を考えようぜ。秋葉をびっくりさせてやろう」
「うん」
頷いてアルクェイドはにこりと笑うのであった。
そしてそんなこんなで俺たちメガネトリオの練習の日々が始まった。
朝起きて学校へ。
学校では有彦とバカなことをやったり真面目に授業を受けたりでいつもとあまり変わらなかった。
ただ、そこで有彦に聞いたことがひとつ。
「なあ、人にイタズラとか意地悪とかするいいコツってないか?」
「……ほほう。つまり実践で教えて欲しいんだな? 遠野クン」
こいつが遠野なんて呼ぶときはだいたいよくないことが起こる。
「あ、いや、まあ、その」
「早速実践! ヘッドロックっ!」
「だあっ! ギブ! ギブ!」
「はっはっは! つまりイタズラの極意とは不意打ち、意外性にあり! 覚えておけよっ!」
「いいから離せっ! 死ぬぅ!」
とまあ、有彦は実に親身になってコツを教えてくれた。
後でさっそく賞味期限の切れたヨーグルトをやってその恩を返してやった。
「今日はたぬきうどんです」
「……」
「な、なんで外を見るんですかっ! 雨なんか降ってないですよっ!」
昼の学食。
アルクェイドにカレーカレー言われたのがよっぽどこたえたのか、先輩は別のものを食べることが増えた。
「そしてデザートはこれです」
まあ、そう言って食べてるのはカレーパンなんだけど。
「好きなものを食べないのは精神的にもよくないしね」
「そうです。いい事を言いますね遠野君」
「……あはは」
これは先輩のカレー好きのことを知っている人じゃなければさほど変化のあることではなかった。
一番変わったのは放課後だろうか。
「おい。今日も来てるぜ」
男子生徒が窓の外を指差す。
「ほんとだ、マジ美人だよな。誰なんだろう」
そう、放課後に必ず校門の前に金髪の美女が現れるようになったのだ。
「……今日も来たか」
「大変だなあ、おまえも。このこの」
有彦が俺の脇をつつく。
それはまあ他でもないアルクェイドなんだけど。
前みたいに「志貴〜、迎えに来たわよ〜!」とか言わなくなったからまだマシである。
「また先輩がなんとかしてくれるよ」
アルクェイドはそのまま裏庭のほうへ行き、先輩と合流してシエル先輩の家へ向かうというのがパターンになっていた。
「ちぇ。どうしておまえばっかりもてるんだろうな」
「そんな難しい事俺に聞かないでくれ」
カバンを持って正門へ向かった。
俺だけは先輩の家で合流なのである。
「さて、今日はお手玉のところをやりますか……」
そうして夕食の時間まで練習。
俺はアルクェイドと先輩のコンビネーションをじっと見ていた。
「ここだな……」
そうして邪魔を出来そうな場所を探してはメモを取っておく。
有彦に聞いた事がまあ多少は役に立ったようだ。
「どうかな、今のやつ」
「ん? そうだな……」
時々アルクェイドに意見を求められることもある。
「ちょっとタイミングをずらしたほうがいいんじゃないかな。左右対称の動きばっかりじゃ飽きるだろうし」
「そっか。うん。やってみるね」
そういう時はなるだけ面白くなるように考えてアドバイスをしてやった。
「よっ、はっ」
「せやっ!」
アルクェイドとシエル先輩、二人の動きはより高度なものになっていく。
メガネコンビというよりは武蔵と小次郎、巌流島コンビのような感じである。
「邪魔するのが勿体ないくらいだけどな……」
俺は役目を全うするため、あえて鬼になろう。
「じゃあ、もう一度最初から行きますよアルクェイド」
「任せておいて」
そうしてついに日曜日、メガネトリオ披露の日となったのである。
続く
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