アルクェイドとシエル先輩、二人の動きはより高度なものになっていく。

メガネコンビというよりは武蔵と小次郎、巌流島コンビのような感じである。

「邪魔するのが勿体ないくらいだけどな……」

俺は役目を全うするため、あえて鬼になろう。

「じゃあ、もう一度最初から行きますよアルクェイド」
「任せておいて」
 

そうしてついに日曜日、メガネトリオ披露の日となったのである。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その38





「あの、志貴さま。起きていただけますか……」

やけに弱気な翡翠の言葉で目が覚めた。

いつもだったらもっと淡々と「志貴さま。起きてください」なのだが。

「んー……あと五分」

そんなわけでちょっと駄々をこねてみた。

「かしこまりました」
「……いや、そこでかしこまれても」

俺は苦笑しながら起き上がった。

「おはようございます。志貴さま」

翡翠はすっかりいつもの調子である。

「……ああ。おはよう。今何時?」
「六時半です」
「ろ、六時半? いやに早いな……」

普段学校に行く時だってそんなに早く起きないぞ。

「申しわけありません、その……」

すると翡翠は俺を起こした時のような弱い口調になってしまった。

なるほど、早く起こすことに罪悪感を感じてしまったのかな。

「いや、気にしてないよ。でも、何かあったの?」
「はい。シエルさまがいらしています」
「え? もう?」
「はい。最後にもう一度練習をしておきたいとのことで」
「なるほどな」

先輩らしいというかなんというか。

「それで、メガネコンビの相方である志貴さまも一緒に練習されたほうがいいのかと思いまして……」
「あー、うん。でも大丈夫なんだ。俺は練習しなくても」
「そ……そうなんですか?」

やや戸惑った顔をする翡翠。

「うん。まあね。詳細は秘密だけど。とりあえずびっくりすると思うよ」
「では、志貴さまを起こしてしまったのは……不要な事でしたでしょうか」

翡翠は俯いてしまった。

「いや、そんなことはないよ。先輩の様子は見ておきたいから。気にしないでくれよ」
「は、はい」
「それで、先輩はどこにいるの?」
「はい。離れのほうで練習をされているはずです」
「そっか。わかった。じゃあ着替えていくよ」
「かしこまりました」

ぺこりと頭を下げて翡翠は退室していった。

「さてと……」

先輩のために制服を用意しなきゃいけない。

俺はとりあえずカバンに制服を投げ入れておいた。

素早く私服に着替え準備オッケー。

「おーい。アルクェイド」

それから屋根裏部屋に声をかけた。

「……あれ」

普段なら俺が呼ぶとすぐ返事が返ってくるものなのだが。

「先輩と一緒に練習してるのかな」

そう思い、とりあえず離れのほうに行って見ることにした。
 
 
 
 
 

「あ。遠野君。おはようございます」

離れの庭で先輩が額の汗を拭いながら挨拶をしてくれた。

「おはよう先輩。朝から元気だね」
「あはは。わたしは朝強いんですよ」
「そいつは羨ましい」

今日は珍しく寝起きがよかったのだが、俺は滅茶苦茶に朝が弱いのである。

「アルクェイドはまだ来てない?」
「ええ。姿を見てませんが」
「……じゃあ単に寝てただけだったのかな」

じゃあ起こしに行かなきゃいけないのか。

「二度手間になっちまったか」
「あ、いいですよ。アルクェイドは寝かせておいてください。今はわたしだけでの練習をしているんで」
「先輩一人だけのパートってあったっけ?」
「ええ。ちょっと遠野君の物真似をやろうと思いまして」
「……マジで?」
「ええ。割とかっこよく仕上げたつもりです」

先輩は自信満々だった。

「俺をどう演出しようとかっこよくはならないと思うけどなあ……」

自分で言っててちょっと情けないけど。

「そんなことはありませんよ。十分に男前です」
「あはは、ありがとう」

なんだか照れくさかった。

「でも、それじゃ俺も練習見ないほうがいいかな。本番で見たほうが面白そうだ」
「んー。むしろ遠野君から見てわたしの物真似がちゃんと出来ているかどうか判断して欲しいんですが」
「……それこそアルクェイドに見てもらったほうが確実っぽいよ」
「そ、そうですか」

苦笑するシエル先輩。

「でもまあ一応本人なわけですし。見てくださいよ」
「まあ、そこまで言うなら」
「では、いきますよ」

ごほんごほんと咳払い。

そして。

「勘弁してくれよ……秋葉」

俺そのまんまの口調、トーン、仕草でそう言った。

「似てる……けど」

かっこよくない。全然かっこよくない。

「い、いえ、今のは練習ですから。ちゃんとしたのもあります」

再びごほんごほんと咳払いをする。

「いいかげんにしろアルクェイド。我侭が過ぎるぞ」
「うーん……」

まあさっきのよりはマシか。

「でもかっこよくはないよ」
「お、おかしいですね……遠野君がこれを言った時はかっこよかったんですが」
「……まあシチュエーションってのも大事だからなあ」

状況を間違えるとシリアスなセリフでもギャグになってしまうのだ。

「まあ、俺の真似はおまけみたいなもんだから、そんなにこだわらなくても」
「うう……」

先輩は頭を抱えていた。

「ちなみに俺の制服は持ってきたから。好きに使っちゃって」

俺はカバンの中から制服を引っ張り出した。

「あ。そうさせて頂きます。こっちはわたしの制服です。アルクェイドに渡しておいて下さい」
「おう」

先輩の制服を受け取る。

一瞬これを着せられた悪夢のような記憶が蘇ったが、すぐに忘れることにした。

人間、都合の悪い事はさっさと忘れてしまうに限る。

「今日は上手くいくといいですね」
「先輩とアルクェイドだったら大丈夫だって」
「遠野君もですよ」
「わかってるって」

邪魔をするためのメモノートもそろそろページが終わろうとしていた。

我ながらよくもまあこれだけ思いついたもんだ。

どれだけ実行できるかは微妙だけど。

あとはその場の直感に頼るとしよう。

「志貴ー。シエルー」
「ん」

振り返るとアルクェイドがぶんぶん手を振りながらこちらへ歩いてきていた。

「わたしを置いて先に練習だなんて、ずるいわよ」

そう言ってはいるものの、顔は笑っている。

多分こいつが一番今日という日を楽しみにしていたんだろう。

「ははは。ごめんごめん」
「今丁度制服を持っていってもらおうとしていたんですよ。いいタイミングでしたね」
「うん。頑張ろうね、シエル。志貴」
「任せておいて下さい」
「わかってる」
「じゃ、早速着替えましょ」
「そうですね」

二人は離れへと入っていった。

「……」

一人悶々とした時間を過ごす。

「おまたせー」
「おう」

女子制服に身を包んだアルクェイドと男子制服を纏ったシエル先輩。

どちらも妙な色気がある格好だ。

「まずこの二人の格好を見ただけでみんな驚くと思うな」
「ちゃんと芸も見て貰わないと困っちゃいますね」

くすくすと笑うシエル先輩。

「うーん」

見れば見るほど制服を来た先輩は俺にそっくりである。

「そうだ」

そこで俺はとっておきのイタズラを思いついた。

「先輩。ちょっと急用を思い出した。ちょっとアルクェイドを借りていくよ」
「え? なに?」

言うなり俺はアルクェイドを引っ張っていった。

「何よ何よ志貴。どうしたの?」
「とっておきのイタズラを思いついたんだ。手伝ってくれ」

多分メモ帳に書いてある全てのものよりタチの悪いイタズラだ。

ただ、協力者が必要となるけど。

「わたしに?」
「ああ。むしろおまえじゃないと駄目だ」
「そっか……わたしじゃないと駄目なんだ。なになに?」

アルクェイドは目を輝かせていた。

元々子供っぽいのでこういうことには協力的である。

まあ、それを提案する俺も人の事を言えた立場じゃないんだけど。

「まずな……」
 

俺は先輩へ捧げる史上最大のイタズラの概要をアルクェイドに説明し始めた。
 
 

続く


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