「み、みんな。待たせたなっ。ついに主役の登場だ」
「上手く逃げましたね……まあいいですけど」
「待ってましたよ〜。ひゅーひゅー」

二人の視線がドアへと移る。

「ごめんな翡翠」
「い、いえ……」

翡翠に謝っておいて、俺はラジカセのスイッチを入れた。
 

いよいよ真・メガネトリオの登場、俺のイタズラの始まりである。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その40





「はーい、みんなお待たせー」

まず制服、メガネと普段とまるっきり違う格好をしたアルクェイドが現れた。

練習のおかげでなんとか見慣れたものの、それでも破壊力のあるコンビネーションである。

「あ、アルクェイドさん? その格好は一体?」

秋葉は唖然としていた。

「うわー。なんかイメクラみたいですね〜」

こっちは発想が下品である。

「い、いめくら?」
「あー。翡翠は知らなくていい単語だから」

琥珀さんを軽く小突いておき、シエル先輩の登場を待つ。

「やあ……待たせたな」

知っている俺でさえどきりとした。

確かに俺はここにいるのに、現れたのは制服に身を包んだ俺そのもの。

ドッペルゲンガーのようである。

「え……に、兄さん?」
「志貴……さま?」

秋葉と翡翠が俺ともう一人の俺を交互に見合わせる。

「……あれはシエル先輩だよ」
「え……え?」
「あれが……シエルさま?」

二人は相当に驚いているようだ。

「ふむぅ……あの変装技術はわたしにも教えて頂きたいくらいですねえ……」

こっちは驚き方が微妙にずれていた。

「まったく……本当にどうかしてる」

くいとメガネを直すシエル先輩。

「仕草まで完璧ですね……」
「さ、そういうわけで始めましょうか。志貴シエル」
「わかってますよ」

先輩がいつもの声のトーンに戻った。

「……本当にシエル先輩なんですね」

ほうと息を吐く秋葉。

コスプレ作戦は大成功のようである。

「驚くのはまだ早いよ。ここからが本番なんだからな」

音楽を変える。

ちゃー、ちゃちゃちゃちゃー。

要するに伝説の番組のお馴染みの曲だ。

練習どおり、先輩とアルクェイドがぴったり揃った動きを始める。

「うわ。もしかしてアレですか? ヒゲダンスですか?」

琥珀さんが目を輝かせていた。

「そうだけど……知ってるの? 琥珀さん」
「ええ。何気にわたしお笑いにはうるさいんですよ?」
「そ、そうなんだ……」

今に始まった事じゃないけど、謎の多い人である。

「ヒゲ……なんですって?」
「ま、ヒゲダンスならぬメガネダンスってとこだけどな。見てりゃわかる」

ずんずんずんずんずーんずんずん。

最初の出し物はお馴染みボール芸だ。

「行きますよ、アルクェイド」
「おっけー。かかってきなさい」

ひょい、ぱしっ。ひょい、ぱしっ。

シエル先輩が投げたボールをアルクェイドが連続でキャッチし、俺に渡してくる。

「……凄い……」

その動きに翡翠はすっかり魅入られてしまったようだった。

「ふん……あれくらい大した事じゃありませんよ」

そしてヒネクレモノが一人。

「だってさ。先輩。もっと凄いの見せてやれよ」
「了解です」

ひょいと黒鍵を取り出す先輩。

「交代しましょう」
「はーい。じゃ、志貴」
「ほれ」

今度は俺がアルクェイドにボールを渡す。

「えいっ」

アルクェイドは10個くらいのボールをまとめて空中に投げた。

「アン、ドゥ、トロワ、キャトル、サーンク、シス、セット、ユイット、ヌフ……ディスッ」
「うわっ。全部刺しきりましたよっ?」

琥珀さんの言う通り、先輩は空中で全てのボールを黒鍵に突き刺してみせた。

「……」

秋葉がなんだか間抜けな顔をしていた。

「どうだ? 秋葉」

そんな秋葉に尋ねてみる。

「……凄いと思います」

さすがに秋葉と言えども今のには感心したようであった。

「だろ」

別に俺がやったわけじゃないけどなんだか嬉しくなってしまった。

「じゃ、驚いてもらったところで次に行くわよ〜」

アルクェイドが一旦部屋の外へ移動し、両手にバケツを持って帰ってきた。

「あれか……」

バケツを回転させ、中の水をこぼれさせないという芸だ。

片方のほうには水が並々入っているが、もう片方にはまったく入っていないというのがポイントである。

「そろそろ始めるかな……」
「志貴さま?」
「あ、うん。翡翠はただ芸を楽しんでてくれればいいから」

俺はアルクェイドと先輩が芸をしている後ろに回った。

「兄さん……?」
「秋葉も俺は気にしなくていい。俺は黒子みたいなもんだ」

そんな事を言われても気にしてしまうのが人間心理である。

秋葉と翡翠、それから琥珀さんはちらちらと俺のほうを見ているようだった。

「ほーら、ぐーるぐる」

思いっきりバケツを回転させているアルクェイド。

「回転は力を生むわけですね……」

先輩はアルクェイドと逆回転でバケツを回していた。

回転のタイミングが絶妙で、アルクェイドと先輩のバケツは今にもぶつかりそうなのに激突しなかった。

まあこのままでも十分凄いけど、俺も仕事をしなきゃいけないのだ。

これは俺の考えたイタズラとは違うので、仕事という表現なわけである。

「あっ! 先輩パンツ見えそうっ!」

俺は大声で叫んだ。

「えっ……」

慌ててお尻を押さえるシエル先輩。

だが今の先輩は俺の制服、パンツなんて見えるはずがないのだ。

がこんっ!

刹那、アルクェイドのバケツと先輩のバケツが激しくぶつかり合った。

ばしゃぁっ……

水がそのまま床へとこぼれ落ちる。

「あー……何してるのよーシエル」

顔をしかめるアルクェイド。

「い、今のは不可抗力ですよ」
「ふっふっふ。上手くいったみたいだな」

女性というのはどんな時でもスカートを気にするものである。

そこを利用したうまい心理攻撃だったわけだ。

「何が上手くいったですか兄さんっ! せっかくの芸の邪魔をして……」
「う」

最初はバカにしてたくせに、芸がストップした途端秋葉は文句を言い出した。

「志貴さま、酷いです」

翡翠も困った顔をしている。

「あはっ。これは大変ですねー」

この人だけ毎度違う反応なのはもうお馴染みなので敢えて触れないでおく。

「ち、違うって。俺は邪魔する係なんだ。これでいいの」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。志貴は邪魔する係なの。面白いでしょ」
「はい。とても面白かったですねー」

悪戯っ子代表には俺の行動はとても好評なようだった。

「……私はてっきり仲間はずれにされた兄さんが反旗を翻そうとしたのだとばかり……」
「おまえは俺をどんな目で見てるんだよ」

思わず苦笑してしまう。

「……つまり、今のはその、ギャグ、だったんでしょうか」

翡翠が遠慮しがちに尋ねてきた。

「そうそう。ギャグだったんだけど」

というか翡翠からギャグなんて言葉が出てくることが驚きである。

「……こりゃさっさと始めたほうがよさそうだなあ」

俺はひとりごちた。

生半可なことでは秋葉や翡翠を笑わせることは難しいようだ。

今こそイタズラを実行するとき。

「アルクェイド」

俺はアルクェイドに向けて親指を立てた。

これが合図なのである。

「あ……」

にこりと笑うアルクェイド。

「じゃあ、次はハニーフラッシュをやりまーす」

そして手を上げてそう宣言した。

「……ハニーフラッシュ……?」

首を傾げているシエル先輩。

「つまりね」

制服のボタンをぷちぷちと外すアルクェイド。

「ちょ……アルクェイドっ?」

慌ててアルクェイドを止めようとする先輩。

だが既に遅し。
 

「ハニー、フラーッシュ!」
 

そう言ってアルクェイドは全ての衣服を脱ぎ捨てるのであった。
 

続く


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