そして手を上げてそう宣言した。
「……ハニーフラッシュ……?」
首を傾げているシエル先輩。
「つまりね」
制服のボタンをぷちぷちと外すアルクェイド。
「ちょ……アルクェイドっ?」
慌ててアルクェイドを止めようとする先輩。
だが既に遅し。
「ハニー、フラーッシュ!」
そう言ってアルクェイドは全ての衣服を脱ぎ捨てるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その41
「こ、これは……」
「な、なんと……」
「……っ」
全員がアルクェイドを見て驚いた顔をしている。
「驚いたろう、みんな」
俺はアルクェイドが先輩の制服を着る下に、あるものを着込んでおくよう言っておいたのだ。
ハニーフラッシュとはすなわちその衣装への素早い変身のことだったのである。
その衣装とは、半そでの真っ白な上着。
上着とまったく同じように白い短パン。
「その服は俺の体操着なのだっ!」
ブルマもいいが短パンというのもこれはこれでっ。
じゃない、これで俺の服に身を包んだ三人が揃ったわけである。
メガネトリオよりもさらに進化した、遠野志貴コンビと言えるだろう。
「……」
そろそろノリのいい琥珀さんあたりから「げげーっ! 志貴さんが三人に増えたぁーっ!」などというツッコミが来るに違いない。
「……それが、どうしたのですか?」
「うぐっ」
第一声は秋葉の冷ややかなものであった。
「そうですねー。シエルさんは髪型まで再現してますからいいですけど、アルクェイドさんはただ体操着を着ただけですし」
琥珀さんまで手厳しい意見である。
「……胸が苦しそうですね」
翡翠はなんだか落ち込んでいた。
「くっ……こんなはずじゃ」
俺の予想ではこの変身で拍手喝采、会場は大盛り上がりとなるはずであった。
「あ、あのぅ。遠野君。わたしはどうすれば……」
先輩まで困った顔をしている。
「志貴。なんかあんまりウケなかったね」
そしてトドメの一撃。
「……いいんだ、どうせ俺なんて」
と、普段の俺ならここでいじけるところである。
だが今日の俺は一味違う。
「甘いぞアルクェイドっ。全てはここから始まるんだっ!」
要するに俺は有彦と一緒にいる時の、バカモードになっていた。
このモードの特徴としては、たとえ自分のやっていることが空ぶっているとわかっていても、ウケるまで試行錯誤を繰り返すことである。
ある意味前向きなモードと言ってもいい。
状況によっては鬱陶しいことこの上ないモードではあるが。
男には引くに引けぬ状況というのがあるのだ。
「そ、そうなの?」
俺のそんな決意を知るわけがないアルクェイドは目を丸くしていた。
「おう。名づけて三人の俺劇場。フォーメーションAだっ」
「ふぉ、フォーメーションA?」
なんのことやらといった顔をしているアルクェイド。
それはそうだろう。そんなもの最初から考えて無いんだから。
「忘れたのか? 駄目だなあ」
「な、何よ。そんなの初耳よ。ねえシエル?」
「何言ってるんだよアルクェイド。フォーメーションAっていったらあれだろ、あれ」
先輩が俺に調子を合わせてそんなことを言った。
声も再び俺の再現でと妙なこだわりが伺える。
「え? ええええ?」
アルクェイドは完全に混乱してしまったようだ。
「説明してやれよ、俺。フォーメーションAが何なのかを」
先輩はそう言って俺にフォーメーションAの説明を促した。
「それはだな」
「……それは?」
先輩含め、皆の視線が俺に集中する。
ここがいわゆるボケどころというやつだ。
「…………忘れた」
思いっきり真顔で一言。
「ぷっ……」
秋葉が思いっきり噴出していた。
「し、志貴さま、それはあまりに……」
翡翠は笑いというかなんだか恥ずかしそうである。
いや、今のはわざとボケたんだぜ? と説明したくなってしまう。
「と、遠野君……」
先輩も肩を震わせていた。
「ふ。そのボケは既に予想済みでしたよっ」
琥珀さんだけは何故か少年漫画のノリである。
「な、なんだ。志貴だって忘れてるんじゃないの。あはは、あははははっ」
ちなみにアルクェイドが一番笑っていた。
「そうだ。思い出した」
というか今思いついた。
「フォーメーションA。Aは秋葉のAだ。つまり俺たち三人の志貴で秋葉をメロメロにしてしまうフォーメーションっ!」
「なっ!」
「……それは面白そうですね」
先輩のメガネがきらりと光る。
案外先輩もこういうことが好きみたいである。
「妹をねえ……まあ斬新かなぁ」
アルクェイドも一応乗り気のようだ。
「ちょ、何を言ってるんですか兄さんっ!」
都合よく立ち上がる秋葉。
「よっと」
俺は秋葉の手を引っ張った。
「きゃっ」
そんなわけで俺たち三人に囲まれる形となったわけである。
「ふ、ふんっ。兄さんごときに私をときめかせたり出来るもんですかっ」
ごときときましたか秋葉さん。
「なめてもらっちゃこまるぜ秋葉」
琥珀さんに散々言われてきた身である。
やろうと思えばなんだって出来るはずだっ。
「……秋葉、おまえは可愛いよな」
俺は出来る限りシリアスな顔でそう秋葉に言った。
「あはっ。あは、あははははははははははっ!」
だというのに、我が妹は大爆笑してくれたのである。
「な、なんだよ。真面目に言ったんだぞ?」
「……だって、ふふ、ふふふ、兄さん。普段の兄さんなら、絶対そんなこと言いませんよ?」
「そうですねー。そんなこと言われたらもう爆笑するしかないですよねー」
なんか俺の扱いがやたら酷いのは気のせいだろうか。
「秋葉。秋葉はとても綺麗だ」
先輩が俺の真似っぽく一言。
「せ、先輩っ……勘弁してくださいっ……」
腹を抱えて笑う秋葉。
「秋葉。おまえが好きだっ。おまえが欲しいっ」
アルクェイドまでわけのわからないことを言っている。
「……泣くぞ」
「志貴さま、どうか強くあってくださいね」
「うう」
俺の味方は翡翠だけである。
「あー。翡翠ちゃんばっかり志貴さんの味方してずるいんだ〜」
それにすぐさま反応する割烹着の悪魔。
「わ、わたしはその」
「シエルさん、そんな翡翠ちゃんには甘い言葉の刑ですっ」
「わかりました。えー。『翡翠。いつも起こしてくれてありがとう。感謝してる』」
「えっ……あっ……」
先輩のモノマネに動揺する翡翠。
「翡翠。ボクはメイドが大好きなんだ。だから翡翠も大好きなんだ」
「アルクェイドっ。それのどこが俺だっ! 俺の要素が微塵もないぞっ!」
こいつは本当に俺の彼女なんだろうか。
「あはっ。もっとやっちゃいましょう。『翡翠。ああ翡翠翡翠、翡翠翡翠』」
「ますます俺関係ないじゃんそれっ! 誰でも出来るしっ!」
「甘いわね琥珀。兄さんならこうよ。『おはよう翡翠……でも……まだ眠い』」
「いえ、志貴さまがそんないい寝起きをするはずがありません。断じてあり得ません」
一秒で否定する翡翠。
何気に酷い事言われてるような気もしなくもない。
「むしろこんなのどうでしょう?『ふぁぁ〜……眠い……眠い……』」
「ああ、もう勘弁してくれ……」
いつの間にやら俺のキャラクターを曲解して真似る大会へと化してしまうのであった。
続く
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