「あはっ。もっとやっちゃいましょう。『翡翠。ああ翡翠翡翠、翡翠翡翠』」
「ますます俺関係ないじゃんそれっ! 誰でも出来るしっ!」
「甘いわね琥珀。兄さんならこうよ。『おはよう翡翠……でも……まだ眠い』」
「いえ、志貴さまがそんないい寝起きをするはずがありません。断じてあり得ません」

一秒で否定する翡翠。

何気に酷い事言われてるような気もしなくもない。

「むしろこんなのどうでしょう?『ふぁぁ〜……眠い……眠い……』」
「ああ、もう勘弁してくれ……」
 

いつの間にやら俺のキャラクターを曲解して真似る大会へと化してしまうのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その42








ボーン、ボーン……

時計の鐘の音が正午を知らせている。

「うわ。もうこんな時間なんですか。お昼の支度しないと」

琥珀さんが驚いた顔をしていた。

「ほんとね……いつの間に」

それはみんなが俺のモノマネに夢中になっていたせいである。

「楽しい時というのはすぐに過ぎてしまうものなんですね……」

翡翠はとても満足げであった。

「まあ、楽しかったならそれでいいけどね」

俺も途中からなんだかんだで楽しんでたし。

「ちなみに誰が一番似てた?」

アルクェイドがわたしでしょと言いたげな顔をして尋ねてきた。

「部分限定で一番似てたのは翡翠かな。寝起きの俺が完璧に再現されてたし」

さすがは毎朝寝起きの悪い俺を起こしているだけのことはある。

「あ、ありがとうございます」

翡翠は恥ずかしそうな顔をしていた。

「ちぇ。翡翠か……残念」

ちなみに一番似てなかったのがアルクェイドである。

一体コイツは俺のどの辺りを見ているんだろうか。

「でも、総合的に似てたのはやっぱり先輩だよ。アレンジも含めて全部俺っぽかった」
「あはは。喜んでいいのか悪いのかわかりませんね」
「ものまね歌合戦だったら豪華賞金が出るんですけどねー」
「では何かデザートを進呈しましょう。琥珀。台所に何かあったでしょう?」

珍しく気の利いた事を言う秋葉。

秋葉も俺のモノマネで満足したらしい。

「あ、はい。そうですね。ではそういたしましょうか」
「え? いいんですか?」
「はい。姿格好も含めてシエルさんがやはり最高でしたからー。是非是非受け取ってくださいませ。ささ。こちらへ」
「あ、あはは、ありがとうございます」
「ひゅーひゅー」

どこで覚えたんだか口笛を吹きながら拍手をするアルクェイド。

「口笛は止めろ口笛は」

しかし拍手はいいなと思ったので俺も一緒に手を叩いた。

「ふふ」

秋葉と翡翠も同じように拍手をする。

「あ、あはは、ありがとうございます」

先輩は照れくさそうに部屋を出ていった。

「そういえば来週の先生を決めてませんでしたね」

しばらくしてから秋葉が呟いた。

「来週か……うーん。どうだ? アルクェイド。たまにはおまえ先生やってみないか?」
「え? わたし?」
「ちょっと……兄さん?」
「いいだろ。今日だってアルクェイドは先輩のサポートだったんだ。一人でもきっと出来る」
「……まあ、それはそうですけど」
「そっかー。来週はわたしが先生かー。何やろっかな」
「ほら、十分やる気みたいだし」
「本末転倒のような気もしなくないですが……成長を確認するという意味ではいいかもしれませんね」

そういうことを平然と本人の前で言える辺り秋葉は凄いと思う。

「まかせといてよ」

そしてそれをものともしないアルクェイドも肝が座っているというか天然というか。

「……頑張ってくださいな」

秋葉はため息をついていた。

「おまたせしましたー。とりあえず速攻で作りますんでダイニングへどうぞ〜」

そこへ琥珀さんが息を切らせて戻ってくる。

「あれ? 先輩は?」
「あ、はい。シエルさんはわたし秘蔵の御煎餅を持ってお帰りになりました」

この人、デザート関係なんでも秘蔵にしてるのは気のせいだろうか。

いや、問題はそこじゃなくて。

「先輩にお礼言おうと思ってたんだけどな……」
「あ、そうなんですか。ついさっきですからまだ間に合うと思いますけど」
「そっか。じゃあちょっと行ってくる」
「はい、お気をつけて〜」
「志貴、わたしも宜しく言ってたって伝えてね」
「おう」

急いで部屋を出て玄関へ向かう。
 
 
 
 

「シエルせんぱーい」

門のところで先輩の姿を見つけることができた。

「遠野君。どうしたんですか?」
「いや、今日のお礼を言おうと思って。ありがとう。おかげで凄いみんな盛り上がってた」
「いえいえ、あれは遠野君のおかげですよ。アドリブがよかったんです。モノマネ大会になっちゃいましたしね」
「いや、モノマネ大会になったのは先輩が真似したからで、結局俺は何もしてないっていうか……」
「何もしていないなんて言ってはいけませんよ。遠野君は精一杯みんなを笑わせようと頑張ってたじゃないですか。その結果が出ただけです。胸を張ってください」
「ご、ごめん」

怒られてしまった。

「でも、俺もあそこまで盛り上がるとは思わなかった。結局空中大決戦はやらずに終わっちゃったね」

空中大決戦というのは最後にアルクェイドと先輩が行う予定だった凄いコンビネーションの名前だ。

「まあ、時間はいくらでもありますよ。別にこれが終わったからまた仲が悪くなるって訳じゃありませんから」
「あ、そっか」

そうだった。

二人はもうケンカする必要なんかないのである。

「そう考えるとなんだか安心できるね」
「あはは。ごめんなさいね今までは心配させてしまって」
「いやいや、俺がはっきりしなかったのが悪かっただけだし」
「……」

先輩は黙り込んでしまった。

いけない、まだこの話題には触れるべきじゃなかっただろうか。

「あー、でも、うん。なんだね。何も後腐れなくなったわけだし、先輩もいっそのこと埋葬機関を辞めて普通の女の子に戻るっていうのはどうかな」

あんまり話題転換になってないけど俺はそんなことを言ってみた。

ところが先輩はもっと複雑な表情をしてしまう。

「お気持ちは嬉しいです。ありがとうございます。ですが、埋葬機関というのはそんな簡単に出たり入ったり出来る場所ではないんですよ」
「そ、そっか。ごめん」

軽率な発言だったかもしれない。

「それに、わたしが埋葬機関を辞めてしまったら、代わりの人間がアルクェイドを見張りに来るわけですからね。その人はわたしなんかみたいに甘くないでしょうから」
「そう……か。そういう問題もあったんだっけ」

今俺が大っぴらに……でもないけど、アルクェイドと一緒に生活していられるのは、先輩が俺にアルクェイドのことを一任したからなのである。

アルクェイドが真祖の姫君である以上、もっとごたごたに巻き込まれている可能性もあるのに、それがないのは先輩が色々と動いてくれているお陰なんだろう。

「ほんとにごめん。俺、何にも考えてなくて」
「いえいえ。遠野君がわたしを気遣ってくれてるのは十分伝わってきますから」

先輩は無理して笑っているように見えた。

「ええと、その……」

こういう時、うまい言葉を見つけられない自分が歯がゆい。

自分なりに感謝の言葉を考えて、なんとか口に出すことが出来た。
 

「俺、シエル先輩が先輩でいてくれて本当によかった」
「――――」
 

先輩の目が一瞬大きく見開かれた。
 

「……ずるいですよ、遠野君は」
「え」
 

そして次の瞬間、その目から大粒の涙が零れ落ちていた。
 

続く


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