ぽんぽんとその第七聖典を叩くアルクェイド。
「え、わ、うわわっ?」
どさっ。
「……なっ?」
するといきなり目の前に女の子が現れたのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その5
「あ、あれ? あれれ?」
その子はなんでここにいるのやらといった感じで慌てている。
いったいこの子はどこから出てきたんだろう。
「やっほー。久しぶり」
いかにも旧知の仲といった声をかけるアルクェイド。
「あ。これはこれはどうも。毎度ご迷惑おかけしておりますー」
ぱこんと手を合わせる女の子。
なんでそんな音がするかというと、両手が馬のように蹄になっているからだ。
足のほうもそうなっていて、お尻のほうには尻尾も生えている。
猫娘ならぬ、馬娘といったところだろうか。
「ええ。あなた、毎回威力が上がってて困るもんだわ」
「ほんとですよー。マスターってば毎度毎度改造するんですもん。嫌になっちゃいます」
「え、えっと。何の話だ? それ」
俺ひとり置いてけぼり状態である。
「あ、これはどうも志貴さんこんにちわ」
ぺこりと頭を下げる女の子。
「あ、これはどうも」
不思議とその子は俺の名前を知っているようだった。
「ええと、君、なんで俺の事知ってるの?」
「え? いえ、だからわたしの本体は何度も見たことはあるでしょう?」
「本体?」
「あれ? 志貴、この子のこと知らないんだっけ?」
「あ、はい。知らないと思いますよー。わたし、確か志貴さんの前で具現化したことありませんし」
「そっか。志貴。この子が第七聖典の聖霊なのよ」
「だ、第七聖典の聖霊?」
聖霊なんてもの、実在しているなんて思わなかった。
まあ、聖霊なんかよりももっと非常識なやつが屋根裏に住んでいるんだから別に驚くことではないのかもしれないんだけど。
「はい。聖霊ですよ〜。ぴっちぴちですよー」
ぴっちぴちの聖霊という表現は正しいのか間違ってるのか俺には判断がつかなかった。
「……えーと。それでその、第七聖典の聖霊さんがなんで急に見えるようになったんだ?」
「わたしが魔力を共鳴させたからよ」
そういえばアルクェイドの得意技は空想具現化である。
だいたい小説とかでは聖霊というのも自然の一部らしいから、聖霊を見えるようにするなんてアルクェイドにとっては簡単な事なんだろう。
「うーむ」
そういえば何度かパイルバンカーを持った先輩と会った事がある。
そしてそれと一緒にこの子っぽい姿も見たような。
多分それは先輩が聖霊を見えるようにしていたんだろう。
あと、何故か有彦の家でも姿を見たような気がするが、それは多分気の迷いだろう。
「なるほど、聖霊か……」
改めてその子を眺めてみる。
特徴的なのはやはりその手足と尻尾、それから少し横に長い感じがする耳。
来ている衣服(?)はレオタードをアレンジしたようなヘンテコな格好である。
「そ、そんなに見つめないで下さいよ〜。照れるじゃないですか」
「あ、ご、ごめん」
どうもさっきのアルクェイドの時と同じミスをしてしまったようだ。
「それでアルクェイド。この……えと」
ちらりと聖霊さんを見る。
はてどう呼んだらいいものやら。
「あ、わたしのことは『ななこ』とお呼び下さい」
俺の考えている事を察したのか、そう名乗ってくれた。
「……ななこさんか」
ずいぶんとまあ日本人っぽい名前だが、妙にマッチしている気がした。
名付け親はシエル先輩なんだろうか。
「あれ? あなたセブンって言うんじゃなかったけ?」
アルクェイドが不思議そうな顔をしている。
「あ、はい。それでもいいんですが、わたしななこって名前のほうが気に入ってるんですよねー」
えへへと照れくさそうに笑うななこさん。
うーむ、そうなると名付け親は誰なんだろう。
まあそれは後回しにして。
「このななこさんを具現化してどうするんだ? お茶でも飲もうってか?」
「ううん。聞きたい事があるのよ。具現化しなくてもわたしは会話は出来たけど。それだと志貴にはわたしが変な人に見えるじゃない?」
「……確かにそれは嫌だな」
確かにひとりで誰もいない空間に向かって話だしたら不気味である。
「はあ。聞きたい事ですか。なんでしょう。スリーサイズ以外ならお答えしますがー」
なんだかななこさんのノリはどこか琥珀さんに通じている気がした。
「シエルどこ行ったか知らない?」
「あ、そうか。なるほど」
このななこさんならずっと家にいたはずである。
シエル先輩がどこに行ったかも知っているはずだろう。
「マスターですか? マスターはお買い物です」
「買い物? 鍵も閉めずに?」
「はい。チラシを見た後血相を変えて飛んで行っちゃったんですよー」
「チラシ?」
「はい。そのへんに落ちているはずですけど」
「えーと」
辺りを探すと確かにチラシが一枚落ちていた。
見ると。
『カレーショップメシアン、特価販売セール!』
「またカレー? シエルってほんとにカレー好きねー」
「……」
俺たちが先輩といったらカレーと考えたのはやはり正しいようである。
「ほんとですよ。マスターにも困ったものです」
苦笑いするななこさん。
「鍵も閉めずに行っちゃったくらいだからなあ……。泥棒とかに入られなくてよかったよ」
何も知らない人がこの押入れを開けたら驚くどころじゃすまないだろう。
「あ、でもまあわたしのいた押入れとか重要なところは普通の人じゃまず開けられませんから安心です」
「でもアルクェイドはあっさり開けてたぜ?」
「それはアルクェイドさんの魔力のほうが強かったからですよ」
「なるほど……」
「魔力の無い人が迂闊に開くと全身脱力状態になっちゃいますよ?」
だから前に俺が開けそうになったとき先輩は慌てていたのか。
開けなくて本当によかった。
「シエル、どれくらいで帰ってくるかしら?」
「それはさすがにわかりませんね。なんせカレー絡みですから」
「だなあ」
先輩はカレーが絡むと人格が変わっちゃうし。
「ちぇ。まぁいいか。適当に時間つぶしてましょ」
そう言って床に腰掛けるアルクェイド。
「わかった」
俺もその向かい側に座る。
「え、ええと、わたしはどうすればいいでしょう?」
ななこさんは困った顔をしていた。
具現化したからには何かしなくてはといった感じである。
「うん。用件は済んだからもう消えてくれてもいいわよ?」
「で、でも頂いた魔力が多いから当分はこのまま消えられないんですがー」
「むー。志貴、なんかある?」
「ん? そうだな」
聖霊に会える機会なんて滅多にあるもんじゃない。
何か聞いたり試したりしてみるのもいいだろう。
「そうだ。ちょっといいかな」
聖霊っていうのは目に見えていても触れられないというイメージがある。
そして聖霊を手が貫通するっていうのをちょっと試してみたかった。
「はい。なんでしょう?」
「うん、ちょっと……」
俺はななこさんに向けて手を伸ばす。
むにゅ。
「……あ……れ?」
不思議と俺の手は柔らかいものを掴んでしまうのであった。
続く