「ですよねっ! わかってくれますかっ? 遠野君っ!」

その途端にきらきらと目を輝かすシエル先輩。

「今日はですね。チキンカツカレーを頼んだんですよ。そしたら……」
「う」

どうやら俺は触れてはいけないことに触れてしまったようだ。

「なんとスパイスが……で、ですね。……なんですよ? 信じられます?」
 

カレーの話題。
 

それは先輩が暴走するスイッチなのである。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その8







「あー、はい、そうですね……」
「さらに、ルーもさることながらライスの工夫も凄いんですっ」

先輩がカレーの話を始めてもう何十分が経過しただろうか。

その話はとどまる事を知らないといった感じである。

「こら、ちょっとシエル。そんなカレーの話はどうでもいいのよ。わたしが聞きたいのは教会の話なのよ」

いいかげんしびれを切らしたのか、アルクェイドが俺と先輩の間に割って入ってきた。

「む。なんですかアルクェイド。今いいところなんです」
「だから教会の話をして欲しいの。資料とかもあれば見せてちょうだい」
「……さっきも言いましたが、わたしはあなたにそんな簡単に教会の機密を教えるわけにはいかないんです」

くいとメガネを上に上げる先輩。

「わかってるわよ。タダでなんて言わないわ。代わりにわたしでしか知り得ない情報……例えば空想具現化の仕組みなんかを教えるってことでどう?」
「なっ……」

先輩のせっかく上げたメガネがずれかけていた。

「あ、アルクェイド、あなた、そんな重要なことをあっさり教えていいんですか?」
「だから等価交換よ。わたしも情報をあげるからシエルも情報をくれる。それでいいんじゃない?」
「……」

考え込む仕草をするシエル先輩。

「……ちなみにこれを拒否した場合、次にあなたのほうから情報を提供する機会というのは」
「無いでしょうね。お偉いさん方はシエルよりよっぽど物分り悪いし」
「……そう、ですか……」

先輩はいつになく真面目な表情だった。

「うーむ」

俺ひとりおいてけぼりな感じだ。

国の重大な会議にひとりだけ学生が参加してしまったみたいな。

「マスターたち、難しい話してますねえ」

あ、同士発見。

「……遠野君。すいませんが、しばらくアルクェイドと二人で話をさせて頂けますか?」

どうやら先輩は話す事にしたらしい。

「機密事項だから志貴にも聞かれちゃ駄目ってやつ?」
「ええ。すいません遠野君」
「いや、構わないよ」

いてもさっぱり話がわからなさそうだし。

「セブン。あなたも出ていきなさい。遠野君の接客をお願いしますよ」
「あ、はーい。じゃあ行きましょうか、志貴さん」
「うん」

俺はななこさんについていくことにした。
 
 
 
 

「ではこちらにお座り下さいなー」
「……ここ?」
「はい。ここです」

案内されたのはシエル先輩の寝室だった。

ななこさんは柔らかそうなベッドを指……いや、蹄で指している。

「いいのかな、俺なんかが寝室に入っちゃって」
「でもここしか部屋ありませんし。志貴さんなら全然問題なしだと思いますよ」
「そ、そうか。じゃあ失礼して……」

ベッドの上に腰掛ける俺。

見た目通りふかふかしているベッドだ。

うーむ、先輩はいつもここで寝ているのか。

「……」

ついついヨコシマな想像をしてしまう。

「ではわたし、お茶を煎れてきますねー」
「あ、ごめん。わざわざありがとう」
「いえいえ。マスターの指示ですから従わないと後が怖いです」

苦笑しながらななこさんは部屋を出て行った。

「……」

さて、シエル先輩の寝室に俺ひとり。

壁際には大きなタンスが置かれている。

「うーむ」

あの中には先輩の私服が入っているわけだ。

むろん下着類も。

「……まずい、この状況はまずい」

ゲームのだったら「タンスを開ける」か「そんなことはしないで普通に待つ」と選択肢が出そうなシチュエーションである。

そしてゲームなら迷わす開けるを選択するだろう。

だが現実でそんな選択肢を選ぶバカはいるまい。

「選ぶわけない……」

と言いながらも足は勝手にタンスへと歩いていく。

くそう、この足め、なんでいうことを聞かないんだ。

「ああ、手まで勝手にっ!」

手まで意思とは反してタンスへ伸びていく。

「しーきーさーん。ドア開けてくださいなー」
 

ずざざざざっ!

どごっ。
 

「し、志貴さんっ? どうなさいましたっ? なんか凄い音が聞こえましたがっ?」
「い、いや……なんでもないよ、あはは……」

思いっきりぶつけた後頭部を手で抑える。

やはり人間悪い事を考えるもんじゃないなあ、うん。
 

「今開けるね」
「はーい」

扉を開けるとお盆を持ったななこさんが部屋に入ってきた。

お盆の上には湯のみに入ったお茶と柿の種、それからにんじんが。

「まあどうぞお召し上がりくださいな」

ベッドの脇にある小さなちゃぶ台にそれを置くななこさん。

「あ、うん」

そうなるとベッドの上に座っていては食べられないので俺はちゃぶ台のところに腰掛けた。

「わ、す、すいませんっ。こんなちゃぶ台しかなくてっ!」
「いや、別に構わないよ。ほら、ななこさんも座って」
「あ。はい」

ななこさんは反対側に座った。

「先輩たちはどうだった?」
「相変わらず難しそうな話をしてました。特殊相対性云々と」
「はー……全然わからんな」
「わたしもさっぱりです」
「あはは……」

苦笑しながらお茶に手を伸ばす。

「熱いので気をつけてくださいね」
「うん」

とりあえず一口。

「いや、ちょうどいいよ」
「そうですか? どうもありがとうございますー」

というよりもその手で一体どうやって急須を扱ったんだかが気になるところである。

某猫型ロボットみたいな感じだろうか。

「わたしはにんじんを頂きますね」
「どうぞどうぞ」
「いっただきまーす」

幸せそうににんじんをほおばるななこさん。

「ほんとににんじん好きなんだね」
「はい。それに食べるのは久々ですから。一週間ぶりってとこです」
「そ、そんなに食べてなかったの?」

俺がそう尋ねるとがくりと落ち込んだポーズをする。

「はい……わたし、何も食べなくっても一ヶ月は持つことは持ちますんで、カレーで余った時くらいしかにんじん貰えないんです」
「そ、それは……大変なんだなあ」
「まあ、わたしなんかただの居候風情だから仕方ないんですけれどね」
「……居候か」

今の俺も遠野家にとってはただの居候風情みたいなもんである。

「ななこさんは偉いなあ。俺なんか何にもしてないのに」
「あれ? 志貴さんも居候なんでしたっけ?」
「いや、実家は実家なんだけど……立場的にはそうかなって」

正確に言えば秋葉とも血は繋がってないわけだし。

有間の家でずっと居候していたせいでどうしても実家の感覚というものがわからないのだ。

「むー。実家なんでしたら遠慮なんかすることないと思うんですけれど。何か隠し事でもされているのですか?」
「う」

それもズバリだ。

アルクェイドを居候させているからこそ、俺は何かしなくてはという気持ちになっているのかもしれない。

「……中々うまくいくもんじゃないんだよなあ」
 

なんだかすすっているお茶が渋く感じてしまう俺であった。
 

続く



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