正確に言えば秋葉とも血は繋がってないわけだし。
有間の家でずっと居候していたせいでどうしても実家の感覚というものがわからないのだ。
「むー。実家なんでしたら遠慮なんかすることないと思うんですけれど。何か隠し事でもされているのですか?」
「う」
それもズバリだ。
アルクェイドを居候させているからこそ、俺は何かしなくてはという気持ちになっているのかもしれない。
「……中々うまくいくもんじゃないんだよなあ」
なんだかすすっているお茶が渋く感じてしまう俺であった。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その9
「でで、志貴さん。ひょっとしてその隠し事ってやはりアルクェイドさんのことなんでしょうか」
「ぐっ」
俺の隠し事をずばり言い当てるななこさん。
「な、なんでわかったの?」
やはり聖霊だからそういう能力に長けているんだろうか。
「いえ、さっきお二人は恋人関係だと言われていたじゃないですか。だからそれ関連なんじゃないかなと」
「……ああ、なるほど。うん。そう。ちょっとね」
「やはり人外との恋愛は認めないと?」
「いや……人外だからとかそういうんじゃなくて、アルクェイドだから認められないというかなんというか」
秋葉もなんだかよくわからないがアルクェイドのことを敵視しているし。
まあ先輩は職業柄仕方ないんだけど。
「はぁ。実家にアルクェイドさんが入れさせてもらえないとかですか?」
「……いや、むしろ逆で勝手に居座ってるんだ」
「アルクェイドさんが?」
「ああ……ってまずい」
俺は慌てて口を抑えた。
だが言ってしまった言葉はもう取り消せない。
「い、いや、今のはその」
「あ、ご安心下さい。マスターには絶対言いませんから。わたしまだ死にたくないですし。もう死んでますけど」
よくわからないことを言うななこさん。
「な、内緒にしてくれるってこと?」
「はい。それに、そういうことならアルクェイドさんとわたしって立場が同じみたいですからね」
「……あー。お互いばれちゃまずい存在ってこと?」
聖霊であるななこさんが人に見られたら厄介なことになってしまうだろう。
そういえば先輩も俺にななこさんの存在を隠していたみたいだったし。
「ええ。おかげでわたしは日陰人生まっしぐらです。うう」
ななこさんはベソをかいていた。
「じゃあななこさんはなんでシエル先輩と一緒にいるのかな?」
ふと気になったので尋ねてみた。
「それはマスターがわたしを召喚できる魔力を持っていたからです。わたしを扱える人間って実際そんなに多くないんですよ」
「はー」
目の前にいるななこさんを見てもそんな凄い存在だとは思えないんだけれど。
まあそれはアルクェイドも同じなので、つまり人は見かけによらないなということである。
「それにマスターもあれで寂しがりやですからね。わたしがいなきゃ駄目なんです」
えへんと胸を張るななこさん。
「いい関係なんだな」
「そうなんですかねー。……あんまりいいとは思えませんけど」
「じゃあ悪い?」
「うー。志貴さんいじわるですよ」
ななこさんはちょっと困った顔をしていた。
「あはは、悪い悪い」
「でも、実際問題これからどうなさるんです? ずっとその関係を続けていくわけですか?」
「いや、いつかは話さなきゃなと思ってるんだけど……」
その『いつか』がいつになるのかまったく見当もつかなかった。
「まだその時期ではないと……なるほど」
「うん。うちの家政婦さんもそう言ってたよ」
「家政婦さんですか。えーと……琥珀さんでしたっけ」
「あ、知ってるんだ」
「ええ。マスターから色々聞いています。笑顔の悪魔と」
「……はは」
シエル先輩といえども琥珀さんは苦手なようだ。
「でも、マスターの話を聞いていると皆さん本当に楽しそうでいいですね」
ななこさんはそう言いながら少し寂しそうな顔をした。
「ん。じゃあななこさんも今度家に遊びに来ればいいんじゃないかな? 歓迎するよ?」
「あ、いいえ。ありがたいですけれどそれは遠慮しておきます。マスターがいない間が唯一わたしの自由な時間なんで」
「そっか。まあ気が向いたらいつでも来てくれよ」
俺はそう言って笑ってみせた。
「……なんだかマスターの気持ちが少しだけわかった気がします」
ななこさんはなんともいえない難しい顔をしている。
「な、なに?」
「いえ……だから志貴さんって無意識の女殺しなんだなあと」
「は?」
「いえいえ。こっちの話です。気になさらないでくださいー」
「……むぅ」
別に特別なことをしているつもりはないんだけどなあ。
「ちなみに余談ですが志貴さん。最近学校で変わった事はないですか?」
「ん? なに? 学校?」
ずいぶん唐突な話題変更である。
「はい。ですからご学友など何か変化は」
「ん。まあいつもどおりだよ。高田君はいいやつだし、有彦はバカだし。どっちも俺のダチなんだけどさ」
有彦の名前を聞いたとき、一瞬ななこさんの表情が変わった気がした。
「はぁ。その有彦さんはいつも通りなんですか。寂しそうだったり何か惚れたような目つきなどされてなかったですか?」
「いや……別に」
ななこさんは妙に有彦にこだわっているようである。
「うー……マスターがいない時にお出かけしに行こうかなあ」
そしてなんだか意味深なことを呟いていた。
「……すっごい変なこと聞くけど、ななこさんって有彦の……乾有彦の家にいたりしたことある?」
俺は思いきって尋ねてみる。
「う、え、あ、はいっ? や、やだなぁ。そんなことあるわけないじゃないですか」
「そっか」
気のせいだったかな。
「わたしはいい子なんです。マスターのイジメに耐えかねて家出なんてしたことないですし、乾有彦さんなんていう髪の毛がオレンジ色の不良さんのことは知るわけがありません」
「……」
やっぱり有彦の家で見たのってななこさんだったのかなあ。
「まあ、うん。世の中色々あるからね……」
俺がアルクェイドとという奇妙な存在に出会ったように有彦もこのななこさんという不思議な存在に出会ったんだろう。
「……あれ、でも有彦にはななこさん見えないはずだしなあ」
俺みたいにななこさんがにんじんを食べているところを目撃したんだろうか。
「あ、有彦さんはうっかりわたしの本体を触ってしまい、血をつけたんです。その瞬間からわたしの一次的なご主人というか……ご主人というのは有彦さんが拒否されたんで居候に」
「有彦の居候に?」
「あ」
はっと慌てて口を閉じるななこさん。
だが時既に遅し。
「え、ええと志貴さん。この件に関してはどうか……その」
ななこさんは涙目で懇願してきた。
「……あ、ああ、うん」
そう言われてしまっては俺の答えはひとつしかないわけで。
「安心してくれ。その事に関しては有彦に一切聞かないから」
どうやら二人の間に妙な協定が出来てしまったようである。
続く