この先輩の乗っているバイクが、走っている人間、いや下手をすれば歩いている人間よりも遅いということであった。
「あ、貴方が重いせいよっ!」
「えええええっ!」
そしてそれを突っ込んでしまったわたしは、酷い言いがかりをされてしまうのであった。
ライブアライブ
未来視編
「流動」
その2
「到着……と」
「ありがとうございます」
なんだかんだで浅上に到着したわたしたち。
「それじゃ、みんなに宜しくね」
「え? せっかくなんだし挨拶くらい……」
「……」
先輩はわたしから目線を逸らせた。
「瀬尾」
「はい」
「さっきのローキック……もう捻りを効かせるといいわよ」
「は、はぁ」
「それから、これはただのバイクじゃなくてハーレー。覚えておきなさい」
「そ、そうですか」
「じゃあね!」
「あっ!」
先輩は轟音と共に去っていってしまった。
「……ちゃんとスピードも出せるんだ……」
さっきのは何だったんだろう、一体。
「ま、いっか……」
深く気にしても仕方が無い。
「ただいまー」
「おかえりなさ〜い〜」
玄関をくぐるとすぐに間延びした声が聞こえた。
「わ、アキラちゃんどうしたの〜? ケガしてるよ〜」
「かすり傷ですって」
この人は三澤羽居。あだ名は羽ピン先輩。
わたしよりひとつ年上で、色々とお世話になっている。
学園内での人気も高いようだ。
……ここ、女子学園なんだけど。
「たいへん〜。イタイのイタイのとんでけ〜!」
えいっとバンザイをする羽居先輩。
「こ、子供じゃないんですから」
「ホントに大丈夫〜?」
「は、はい」
「んー」
少し考える仕草をしている。
「あとで洗濯物するから〜。着替えるんだったら洗濯機に入れておいてね〜」
「わかりました」
多分こういう世話女房的なところが人気なんだろうなぁ。
なんてことを考えながら居間へ向かう。
それぞれに部屋は用意されているけれど、暇な時は大抵みんなテレビのあるここで暇つぶしをしているのだ。
「よう」
「蒼香先輩」
ちょうど見知った顔がそこに。
こちらは月姫蒼香先輩だ。
最近物騒だからとわたしに護身術を教えてくれたり、羽居先輩と違った意味でマメな人である。
「なんだい、喧嘩でもしたのか?」
「あ、あはは、ちょっと……」
自分では軽い怪我のつもりなんだけど、どうも目立ってしまうようだ。
「わたし、傷薬持って来てあげるよ」
「すいません」
そんな言葉をかけてくれたのは弓塚先輩。
この人はいい人なんだけど、何故か色々と不幸に巻き込まれる人である。
「きゃあっ!」
向こうのほうから叫び声が聞こえた。
「……こけたな、ありゃ」
蒼香先輩は苦笑いしていた。
「さあ世紀の一戦が始まろうとしています。軋間対七夜。果たしてどちらが勝つのか!」
「ん?」
「始まったな……」
テレビには何だかわからないけど格闘技の決勝戦みたいなものが行われていた。
さすが決勝というだけあって、互いの動きは凄まじいものがある。
「実力伯仲のまま弟4ラウンド!」
わたしはついつい見入ってしまった。
「薬持って来たよー」
「ありがとうございます」
そこに弓塚先輩が戻ってくる。
「行け、そこだ七夜。必殺……閃走・六兎!」
「え」
「きゃあああっー!」
試合に興奮した蒼香先輩のキックで吹っ飛ぶ弓塚先輩。
「ってー!」
実況してる場合じゃない。弓塚先輩がわたしに向かって飛ん
ごんっ。
「いたたたたた……」
わたしは避ける事が出来ずに直撃を受けた。
未来が予知できるっていったって、こういう時にはてんで役に立たないのが悲しい。
「……はっ! ス、スマン。大丈夫か瀬尾?」
「わ、わたしの心配はー?」
「いや、頑丈だから平気かと思って」
「酷いよぉー」
ちなみに弓塚先輩のほうが年上である。
まるでそう見えないのは内緒の話。
「冗談です。すいませんでした」
蒼香先輩は礼儀をわきまえているんだど、時折こういう冗談を言って周囲を驚かせている。
「あ、あはは、わたしも油断してたからー」
普通、いきなりキックが飛んでくる事を予測している人なんていないと思う。
「そろそろ部屋に戻りますね」
格闘を見ている蒼香先輩の傍にいると危険そうだ。
「そのほうがいいかもな」
苦笑している蒼香先輩。
「あ、そうだ」
そして不意に思い出したような顔をする。
「はい?」
「翡翠さんがオマエの事探してたぞ」
「え?」
翡翠さんというのは浅上の事務系統全般を受け持っている人である。
「なんでもレンサマの具合がどうとか」
「レンサマ?」
「猫だそうだ」
「そ、そうですか……」
なんか変な名前。
「わかりました。行って来ますね」
「おう」
とにかく事務室へ向かうことにする。
「翡翠さーん」
「あ」
このどう見てもメイドです、以下略の人が翡翠さんだ。
他の事務員さんはこんな格好をして無いのでもしかしたら趣味なのかもしれない。
「瀬尾さま」
「さ、さまはいいですって」
年上にそんな呼ばれ方をするのはくすぐったかった。
「レンさまなのですが……」
そこでようやく気がついた。
「レン」さまだということに。
「どうかなさいました?」
「い、いえ、なんでもないですっ」
まさか猫にまでさま付けしてるなんて。
「えと、それでそのレンちゃんが?」
「最近具合がよくないようなんです」
「はぁ……」
その黒猫のレンちゃんは、わたしと目線が合うとぷいとそっぽを向いてしまった。
「あ、あはは……」
嫌われちゃったかも。
「それで何故わたしに?」
「はい。瀬尾さまには不思議な力があるとお聞きした事がありますので」
「あー……」
その事については秋葉先輩をはじめとした数名しか知らなかったりするのだけど。
「秋葉さまからお聞きしたのです」
「やっぱり」
割とうっかりさんなんだよなぁ。
なんて言ったら怒られそうだけど。
秘密にして欲しいと強く頼まなかったわたしも問題か。
「お願いできないでしょうか」
「……うーん」
事は簡単だ。
このレンちゃんが元気になる未来を見ればいい。
ただそれがどう考えても実現不能な展開の場合は……アレなんだけど。
例えばこのレンちゃんがメカになるとか。
まさかねえ。あはははは。
『引き受けてもいいですが、そのかわりー』
「……あ、あはははははは」
わたしはとても会いたくない人に会わなくてはいけない未来を見てしまった。
「お願い……出来ないでしょうか」
「う、うう」
この瀬尾アキラ、人から頼まれたことは断れないタチなのです。
「わ、わかりました! なんとかしましょう!」
わたしはその未来を実現するべく行動する事にした。
はぁ、憂鬱だなぁ。
ててんてんてん、ててん。